畑 日 記

           「ライバル」                                   2001/1/29

通称「赤鬼トム」ことわが父も、実家近くに畑を借りて野菜を作っている。広さはほぼ同じ。作っている野菜もたいした違いはない。ただ、お互い相手をウラヤマシーと思っている相違点がいくつかあった。ウチの畑は家の隣だ。朝起きるとカーテンを開けて「野菜さん、お元気でちゅか」と挨拶する。だが、トムはスクーターで五分も走らなければならない。しかも水道がない。雨水をためてはいるが、好天が続くとポリタンクに水を入れてスクーターで運んでいる。ウチはホースでチャーッとやる。なんと優雅なことか。

しかし、トムは魔法の壷でも拾ったらしく、三つ宝を持っていた。金、知恵、時間である。少年時代を農村で過ごし、今や悠々自適の年金暮らし。しかも長年培った人脈で藁やモミガラを手に入れるのだ。

そのトムが五十年吸い続けたタバコをやめた。セイテンのヘキレキだ。ライバルの私に差をつけようという魂胆だ。そのくせ私のタバコをくすねる。一本くわえて一本ポケットに忍ばせたりする。備蓄だ。これではイカン。私も禁煙するしかない。とはいえやはりモノゴトにはキッカケが欲しい。あるじゃないか。世界中が浮かれている「世紀越え」が。よし、タバコとは二十世紀でオサラバだ。だから年内は名残を惜しんで吸うことにしよう。

3・2・1・0・わー!世紀越えイベントのカウントダウンでくたびれ果て、休憩所に座りこんだとたん、友人の一人がタバコに火をつけた。頭の回転が早い私はそれを見て「今日はもう今年だが元旦の朝が来年だから目覚めたときから見れば今はまだ去年だ」という複雑な理屈を考え出した。初挫折だった。

元日の朝、おとその勢いで残っているタバコを捨てようとした。その瞬間、とても重要なことに気づいた。「タバコは農作物ではないか」まさに右手で捨てたタバコを左手で受け取ったようなタイミングだった。しかもそのタバコが潰してないあたりが心憎い。新年早々作物を粗末にしてはいけない。キッカケはどんどんウヤムヤになっていった。

翌一月二日、実家に里帰りした。弟一家と話に花を咲かせていると、トムがタバコをもらいに来た。「やめた」と宣言すると、孫を連れて散歩に出ていった。ところが、じきに帰ってきて、私にタバコを手渡すのだ。「お菓子やさんが休みやったからタバコ買うた」どういう理由じゃ。私は三本抜いてあるタバコを持ち帰った。農作物だから。

もうすぐ節分。あれからも何度かトムはウチを訪れ、その度に「あっ、またタバコ持っとる」「おまえこそこの灰皿はなんや」と親子ながらもライバルとして切磋琢磨しているのだが、妻に言わせると「この親にしてこの子あり」だそうだ。

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