扇子


あてがわれた部屋は奥まったところにある、そこそこ広い部屋だった。
東向きに趣味の良い小さな庭が造られている。
恐らくここに以前住んでいた誰かの為に造られた物だろう。






その庭を見るのが元親は好きだった。
「元親、何をしてるんだ?」
「何って、この庭がよ。見事な造りだったんで感心してたんじゃねえか」
その言葉に政宗はくすりと笑う。
「なんだよ、鬼が庭に見入ってんのは可笑しいか?」
ちょっとむっとした風に元親が唇を尖らせる。
「いや別に。だってあんた、そういうの結構好きだろ?綺麗なもんとかよ」
「……ん、まあ…」
少し気恥ずかしいが、政宗がちゃんと知ってくれているのは気分が良かった。



「そうだ、これ…」
政宗が取り出したのは小さな桐の箱。中身はというと、それは見事な扇だった。



「どうしたんだ、これ?」
「あんたが来るってんでこの部屋を掃除させた時に見つけたんだ」
元親はそっと取り出して広げてみる。
へえ、と思わず声が出た。
「綺麗な舞扇だな。藤か…」
金銀砂子地に藤が鮮やかに描かれている。
古いもののようだが作りがしっかりしているから今でも現役で使えそうだ。
「あんた、確か舞もするよな。それ使って今度見せてくれよ」
「え、いいけどよ…。でもこれ、大切なもんじゃねえの?」
恐らく爺さんか曾爺さんが側室にでもせがまれて誂えた物だろう。
だが、もういない人間に遠慮していても仕方ない。ただ飾っておくだけでは、せっかくの扇が泣くという物だ。


「別に?見つかるまで、そんなもんがあるって事も知らなかったくらいだぜ」
「だったらいいけどよ」









昔は元親もこれによく似た扇を持っていた。
藤の花でこそなかったが、黒塗骨に金銀砂子地。母がくれた物だった。
弟たちと遊んでいるうちにうっかり壊してしまって、後で盛大に叱られたのを思い出す。
かつて父が母に贈った物だと知って、兄弟で謝りに行ったっけ。
母は優しい目で許してくれた。そんな母が元親は大好きだった。







あれも、それからこれも。
元親の為に作られた物ではないが、どちらも大事な人が手渡してくれた物だ。
「元親?」
黙り込んだ元親に政宗は訝しげな視線を送る。
「何でもねえ。じゃあ、この扇が綺麗に舞う様を見せてやるよ」
「…扇じゃねえ」
「ん?」
「扇じゃなくて、あんたが舞うところを見たいだけだ」
そっぽを向いてそんな事を言う。
どんな顔をして言ったんだか、もの凄く興味があったが、きっと問いつめれば機嫌を損ねるだろう。
だけど、そんな政宗の態度が可愛く思えて元親は後ろからそっと抱きついた。
扇を壊さないように、そっと。




「も、もとちか…?」
こんな風に元親が自分から触れる事は滅多にないから、政宗の声がちょっと焦っている。
「何でもねえ。ただちょっと…」



嬉しかっただけだ。