花
まだ寒い奥州の春。
いつまでも残る雪に、四国生まれの元親は辟易していた。
寒いのも嫌いだったので、冬の間は滅多に外にも出ないまま過ごしていたのだが。
「Hey ! 元親、ちょっと出て来いよ!」
政宗の声にそろりと障子を開ける。
途端に冷たい空気が室内に入ってきて、ぶるっと身震いする。
「なんだよ、政宗。俺が寒いの嫌いだって知ってんだろ?」
顔を顰めながら文句を言う。
それを綺麗に無視して、いいから来いよと政宗が再び声を掛けた。
渋々と草履に足を乗せる。
「う、寒ぃ…!」
「そんな格好をしてるからだろ。もっと上着来てこい。出掛けるぞ」
「…は?出掛けるって…」
この寒いのに?
「小十郎!出掛ける!元親の上着を取ってくれ!」
奥の間に控える小十郎に向かって声を出す。
話は通してあったのだろう。当然のような顔で、小十郎が手に上着を持ってやって来た。
「まだ寒いからな。てめえは暖かくしていけ。政宗様に手間を掛けさせるんじゃねえぞ」
…いや、それなら部屋で大人しくしててえんだけどな、俺は。
どっちかと言えば、寒い思いをしてまで出掛けたくはないのに。
上着を手渡されて、それにのろのろと手を通す。
「Hurry up! 」
「…わあったよ!」
この時期、夜のうちに積もった雪も昼の日差しで粗方溶けている。
そんな中、政宗と元親が馬を走らせたのは居城から少し南に下った場所だった。
目的地はどこなのか、元親は知らない。
しかし馬の速度を落とす頃には、微かに辺りに漂う匂いに気が付いた。
「この匂い…」
「こっちだ!」
既に馬は走るのを止めて、辺りを見回せるように歩を緩めている。
いくらか進むと、紅く色付いた花を付けた気が目に飛び込んできた。
「あ…」
梅の木だ。木の、大群。
(これが匂いの正体か)
「ここまで咲くのを待ってたんだ。早いうちだとなかなかあんたは来てくれないし」
「…すげぇな、一体何本在るんだ?」
「ざっと300本辺りか。まだまだ少ないけどな。もっと沢山植えて、梅の名所にでもするかと思ってる」
「そりゃあすげぇな」
様々な種類の梅の木が見る物の目を楽しませてくれる。
早咲きの物はすでに満開の物もある。遅咲きの物と合わせると、かなり長い間楽しむ事が出来るよう工夫されている。
「気に入ったか?」
「ああ!ありがとな、政宗!」
鬼と称される元親だが、綺麗な物や可愛い物が実は結構好きなのだ。
あえて公言したりはしないが、花も例外ではない。
長い冬の間閉じこもっていたから、そろそろ退屈しのぎをさせてやろうと思っていたところだった。
ちょうど花が咲き始めたと報告を受けたのが十日前だろうか。
それならと、ある程度花が咲くまで待ってようやく元親をここに連れて来られたのだ。
「ああ、やっぱり紅より白かな」
「なにが?」
「あんたに似合う花」
その言葉に元親はぼぼっと頬を染める。
「まったく、敵わねぇな…」
梅の花の匂いに包まれて、こんな春も良いもんだと密かに思うのだった。