泣けない人と支える人



 政宗の前には縄を打たれたかつての敵が跪いていた。




「良い格好だな、西海の鬼」
 実力は互角だった。倒されていたのは自分の方だったかも知れない。ただ、今回はたまたま己に有利に働いたのだと言うだけだ。
 しかし次などはない。
 結局今の世ではその瞬間瞬間が全てなのだと思う。
 悔しそうに唇を噛みしめる男を無表情で見下ろす。
「仕方ねえ、負けは負けだ。何が望みだ?俺の命か、それとも四国か…?」
「Ha!潔いこったな!しかし、ただお前の命を取るのもつまらねえ…どうするかなぁ」
 何をしたらこの男にダメージを与えられるのかを考える。鬼、と呼ばれる割にこの男は仲間を大事にしていた。こうして捕らえられたのも、 自分が囮になって仲間を逃がしたからだとか。
「そうだな。西海の鬼と呼ばれるその力、奥州のために存分に使って貰おうか。お前が一つ手柄を立てるたびにあんたの仲間を一人解放してやる。 捕らえてあんのは20人程だ、せいぜい手足となって働いて貰おうか」



 あの時の男の顔は、きっと一生忘れないだろう。
 まさしく鬼の形相だった。思い出すたび笑えてくる。




「政宗様…」
「うるせえ…っ!」
「しかし今回のことは納得出来ません。確かにあの男の力は魅力的かも知れませんが、それ以上に我が軍に混乱を招きかねません」
 殺すことは簡単だ、しかしそうなれば四国と全面戦争になる。
「天下を目指そうってこの時期に四国と戦争になるのはまずいだろうが。それよりは利用した方がいいと思わねえか?」
「重騎と水軍、ですか?」
「That's right!西海の鬼を殺せば気は晴れるだろうがそれだけだ。生かして利用する方が、こちらにとってはいい結果に繋がる。どうだ、小十郎?」
「……一理ありますな」
 それでも小十郎はいい顔をしなかったが、それ以上強引に自分の考えを主君に押しつけることはなかった。

 こうして西海の鬼こと長曾我部元親は奥州に降ることになった。













 あれからすでに半年以上の月日が経っている。
 伊達の軍に加わって小さな反乱から天下を狙う戦場の一端まで、元親が関わった戦は思いの外多い。それもこれも伊達に囚われた部下の命を守るため、 無事に解放して四国に戻すため。ずっとそうやって戦場を駆けめぐってきたのだが。
 ここに来て元親は少し伊達政宗という男を見直す羽目に陥った。
 自分の働き次第で部下を解放すると言い放った男だ。当然、捕虜としての待遇にも気を遣っているはずだ。それでも捕虜は捕虜。怪我の手当はされているのか、 食事は十分貰えているのか、そんなことが気になっていた。元親だって捕虜にそこまで気を遣いはしない。だからこそ、早く戦功を立てて野郎共を助けなければ、と。 それだけで元親は頑張ってきたのだが。
 戦功を立てるたび解放された部下の名前を知らされた。伊達は約束を守っている。一人ずつではあるが、それだけがこの地での元親の支えになっていた。
 半年経って解放された部下も半数近くになっていた。そうして。
 そのうちの一人が、初めて元親に会いに来たのだ。

「アニキ!ああ、良かった、会えて…っ!」

 部下の語った、捕らえられている間の捕虜生活は元親が予想していた物とは全く違った。
「はあ?じゃあお前ら、待遇は悪くなかったのか?」
「悪くないどころか、すっごくよかったんですよ。伊達軍ってのは思ったよりずっと話せる相手のようですぜアニキ」
 それも政宗の指示だという。そのおかげで長い捕虜生活を終えた後も、長い航海を耐えるだけの体力が残ったのだ。
 男は密かに元親に遭って、その事を告げるように親泰に言われていたのだ。
 親泰は元親の弟だ。当然解放は最後になる。
「こういう状況だからアニキも無理せず身体を厭うようにと親泰さまから言付かってます。ところでアニキ、伊達軍で戦ってるそうですが、 やっぱり独眼竜のアニキは強えですか?」
 アニキとの一騎打ちは、そりゃもう凄かったですから。いや、もちろん今度やれば当然アニキが勝つでしょうけども、 と部下の一人は政宗の事を認めるような発言をしたのだった。




 どういう男なんだ、独眼竜。
 あの時感じたのは、嫌な野郎だという程度だった。それでも命を取らず、捕虜の解放を条件付きで約束してくれたことには感謝していた。 例えそれが相手側の思惑があってのこととはいえ。しかしそれと捕虜の待遇のことは別物だ。20人の捕虜を養うのも結構大変なのだ。
「まあ、奥州が金に困ってるって話は聞かねえけどよ…」
 元親は部下を見つからないうちに帰した後、ずっと政宗について考えていた。そのせいか、近付く足音に気付かなかった。
「よお、随分大人しいじゃねえか西海の鬼」
 突然掛けられた声がずっと考えていた男の物だったので、元親の身体は本人が思うよりずっと激しく反応した。 まるで何かまずいことが見つかった時のようなその反応に、政宗は片眼を眇める。
「Hey、あんた何か隠してんな?」
 なんだってこんな時にやってくるんだ、この男は。内心そう罵倒しつつ元親はとぼけるしかなかった。
「ああ?何言ってやがんだ、お前。突然やって来て難癖付けるんじゃねえよ」
「難癖なんかじゃねえだろ、あんたが隠し事してんのは」
「な、何か用があったんじゃねえのか?わざわざお前がここに来るなんてよお。それとも俺様の働きにお褒めの言葉でも頂けんのかい、ん?」
「Han?そんなもん、頂ける訳ねえだろーが。第一あんたへのご褒美は最初から決まってる。それ以上を強請るならもっと上手く甘えて見せなきゃなあ、kitten?」
 元親は政宗ほど異国語に堪能ではない。それでも異国でも商売をするおかげで多少は分かるようになっていたし、 分からなくとも何となくのニュアンスくらいは察せられるようになっていた。当然、たった今政宗が元親に向けた呼びかけも、いい意味でないことくらいは分かった。 しかしこれで話が逸れるのなら儲け物だ。
「てめっ、今なんつった!?」
「Ha!にゃあにゃあ鳴いてみせてくれりゃ褒美の一つも取らせてやらあ!」



 成実が気付いて小十郎をも巻き込んでどうにか止めるまで、二人の取っ組み合いは続いていた。



「…政宗様、普段からご自重下さいと何度も申しておりましょう」
「わかってる!でもあいつの様子が妙だったからつい…」
「つい、ではございません」
 よりにもよって一国の主が取っ組み合いの喧嘩など…と小十郎の小言は続く。
「まあまあ、梵も反省してることだし、ここは穏便に。それはそうと元親に何の用だったの梵?」
「…別に…、最近顔を見ないから」
「ああ、気になったんだ、どうしてるのか」
「んなわけ、ねえ…」
 しかしその声は自分でも驚くほど小さかった。
「いいじゃん、梵は難しく考えすぎだよ。気になったから会いに行ったってのでなんでダメなわけ?」
 似てるんだから気になるのは当然だろう?という成実に政宗が奇妙なまなざしを向ける。
「似てる?誰が?」
「だから梵が。元親と」
「really?冗談だろう」
「なんで冗談かなあ。似てるよね、小十郎?」
 小十郎はと言うと澄ました顔でお答え致しかねますな、と宣った。言ってるのも同然だ。
「梵はさあ、一度じっくり元親と話し合ってみるといいよ」
 冗談じゃないと思ったが、この半年というもの、不平一つ言わずに戦い続けたあの男の心情には興味があった。あいつにとって戦いとは何か、部下の命とは何か、 そして膝を屈した時の想いとか、そう言うことを聞いてみたいとは思った。



 身体中にあざを作った取っ組み合いの喧嘩をしたその夜。
「あ〜あ、ひどいご面相だね元親」
「成実、何か用かよ」
「もちろん用があって来たんだよ。はいこれ、傷薬とこっちが温湿布ね。明日にはもっと酷くなるだろうから、ちゃんと手当てしときなよ」
「おう、悪いな。使わせて貰うぜ。時に、独眼竜はどうしてるよ」
 差し入れの薬を肌に塗り込みながら、自分と変わらず酷い様相だった男の事を聞いてみた。成実はくすりと笑って、元親と同じものを差し入れてきたと教えてくれた。
「梵はさあ、あんなだけど悪い奴じゃないんだ。過去に色々あってちょっと意固地になってるだけで…。本当は元親の事も気にかけてる。それを上手く表現出来てないだけ」
 最初の頃だったらそんな言葉には耳を貸さなかっただろうが、すでに解放された部下から話を聞いている今となってはそうなのかも知れないと思うだけの余裕が出来ていた。 意固地で不器用。そんな印象が元親にはあった。
「ああ…」
 元親は伊達の先代が亡くなった事情を小耳に挟んだ事があった。それに政宗の母親との確執も。何処で聞いたんだったか…、確か堺に商売で行った時だったように思う。 どの家にも様々な事情があるもんだと、その時思ったものだった。自分だって十分外聞を憚る家の事情とやらがあるのだから。
 ふと、ある事に気付いた。
「あいつが泣いたのを見た事、あるか?」
「え?梵のこと?えーと、そりゃあるけど。ってゆうかあった、と思うけど…」
「いつだったろうって思うくらい前の話って事だよな?」
「そうだねー。言われてみればホントにそうだ。ってわけで元親、明日にでも梵と話してみてよ。あのね、元親は気付いてると思うけど梵と元親は結構似てると思うよ。 じゃーね」
 成実はうんうんと何度か頷くような仕草で元親の言葉を噛みしめて、それから晴れやかな顔でそう釘を刺した。
 政宗に比べれば遙かに付き合いやすいと思う男だが、それでもたまに押しつけがましい強引さはさすが伊達の一族だと変なところで元親は感心した。



 気付きたくて気付いたわけじゃねえけどよ。
 声には出さずに心の中でそう答えていた。



 けど、それ以上の事は、あんまり気付きたくねえんだけどなあ…。