透明迷宮 5
「何が変わったって?」
不意に掛けられた声にどきりと心臓が踊る。気配なんか感じなかったのに。
「うわ…っ!て、てめ…!」
「城下に行ってたとか?」
「お、おう…。って、何で知って…?」
「バカかアンタ。俺が客人の動向を知らねえでどうする」
言われてみれば当然だろう。国主である政宗には様々な報告がなされるはずだ。むろん城に滞在させている、かつて刃を交えた相手に関しても。
「良く賑わってた。人を見れば国が分かるって言うだろ?ここはいいとこだって一目瞭然だったぜ」
元親がそう言うと政宗は一瞬瞠目し、小さく笑った。
「そりゃあ過分なお言葉痛み入るぜ」
「…アンタが殊勝だと気持ち悪いな」
政宗の横顔はやはり藤次郎の面影を残していた。陽が落ちた薄闇があの場所と似ていて気持ちがざわめく。
「笑っていられる間は大丈夫…」
「…え?」
「ああ、いや。そんな事を誰かから聞いた事があって…」
いつ誰が言った言葉だったのか、一向に思い出せないのだが良い言葉だと思った覚えがある。ふと、それが口をついて出た。ただ何となく。それだけだ。だが元親にとってはそれだけではなかった。
(あの時、俺が言った言葉…。隼人の口癖をそのまま口に乗せて藤次郎に言った、あの…)
『だめだよ、そんなの!藤次郎は私と一緒に行こう!』
『俺は…望まれてないから』
『ここで藤次郎に会って私は救われたのに…』
『泣いてた癖に…変な奴』
『博役。すごく強くて優しいんだ』
『当然だろう?俺を誰だと思ってる』
『何してるの、ほら早く!』
『Yes!あんたがいい!あんたでなきゃ駄目だ!』
『忘れてても会えばきっと思い出す。だって俺とあんたの出会いは運命なんだろう?』
『約束、したから』
記憶が奔流となって元親を覆い尽くす。
例え思い出さずとも、こうやって政宗の中に残るのだ。あの時の弥三郎が。その言葉が。
ポロリと涙がこぼれた。
藤次郎、と叫びたかった。思い出せと縋りたかった。だが、もう必要ないとも思った。
「西海…、アンタ…」
泣いている顔を見られたくなくて元親はその場を駆けだした。
その元親の背中をポカンとした表情の政宗が見つめている。
(あれは…あの泣き顔を知っている…。そう、あれは…)
今の今まで忘れていた記憶が一気に政宗に流れ込んできた。