小話2

 元親が政宗を知ったのは大学に入り立ての頃だった。かれこれもう三年近くになる。その間ずっと片想いをしていたわけだから、しつこいと言うべきか、気が長いと言うべきか。
 それがひょんな事から知り合って、政宗の方から頼みがあると言われて二つ返事で了解した。まさか内容が恋人の振りをしてくれ、だなんて物だとは思わなかったから。
 こちらが勝手に惚れているわけだから、嘘でも恋人の振りなんて出来ないと言えれば良かったのだが、それを言う勇気も機会もなかった。だって片想いの相手と嘘でも恋人のように振る舞えるのだ。後で辛くなるだろうと容易に想像出来ても、その魅惑には勝てなかった。
 そうして今、元親は政宗と付き合っている。
 政宗は友人としても、そして恋人としても申し分のない男だった。多少強引なところもあるが、優しいしよく気の付く男だ。変なところでカンが良いから、本当の気持ちがばれないように元親は必死に気を配るのを忘れなかった。

「元親、kissしていいか?」
「はあ?いや、でもよ、政宗…!」
「俺たち恋人同士なんだぜ。kissくらいしたって当然だろ?」
 いや、だって振りだって言ったのはてめえだろ…っ!
 そう言いたいが、惚れている弱みがあるから勿論言えない。顔が段々近付いてきて、どうしようもなくなり元親はぎゅっと目を閉じた。
 くすりと小さく苦笑して政宗は元親から離れる。こんなに硬くなられては、いくら政宗でも洒落でキスなど出来ないだろう。
「ばーか。ガチガチになってんじゃねえよ」
「ま、政宗…」
「sorry,冗談だ。ここで降りられちゃ適わねえからな」
 降りるとは恋人役を、という意味だ。
「それは…そんなことは、しねえけどよ…」
「わかってる。相手が諦めるまでもう少し頼むぜ?」
 政宗には生まれた時から婚約者が居るそうで、今時時代錯誤も甚だしいとそれに反発する政宗と、政宗に恋する彼女との間で行き違いがあるらしい。どれだけ「アンタと結婚する気はねえ」と言おうが彼女には通用しない。いつか必ず政宗は自分の元に戻ると信じて疑わないのだ。
 いい加減業を煮やした政宗が、別の恋人を作るという方法で彼女を諦めさせようとした。だが、そうなると余程の相手でない限り彼女は納得しないだろう。性格はともかく、家柄
も容姿もはっきり言って極上なので。
 そうして白羽の矢が立ったのが元親だった。
 どういういきさつで自分を選んだのか、そこまで元親は詳しく聞かなかった。あんまり聞きたい物ではなかったから。政宗の方もその辺りを詳しく説明する気はなさそうだった。
 気の強い彼女は、まだ政宗を諦めていない。その女が政宗を諦めるまで。それが元親の期間限定の恋の時間だった。
(大丈夫だ、大丈夫。まだ耐えられる…)
「そういや冬物を買いに行きたいって言ってたっけな。出掛けるか?」
「ああ、そうだな。よし!デートと洒落込もうぜhoney」
「はは!昼飯はてめえの奢りって事でいいよな?」
「ちゃっかりしてやがるぜ」

 こんな風に一緒にいられるのは後僅かだろうし、卒業したら多分繋がりは切れるだろう。それでも元親には十分な時間だと思えた。
 一緒に出掛けて、あれこれ迷いながら楽しく買い物をして共に食事を取って。他人にとっては他愛ない日常でも、元親には極上の日だ。

「あれ、元親?あ、伊達も一緒か」
「慶次…、お前何やってんだ?」
「何ってバイト」
「…居酒屋でバイトしてたんじゃなかったのかよ」
 はははと慶次が笑う。
「いつの話だよってね。今はこっちさ」
「いい加減一つに腰据えてやってみろって」
 何言ってんのさ、こんなに色々あるのに一つに絞れるわけないじゃん!と陽気な答えが返る。
「で、ご注文は?」
「コーヒー二つ」
「あ、俺ケーキも食う」
「What?アンタ正気か?さっき昼飯食べたばっかだろ?」
「それはそれ、これはこれだ。甘いもんは入るトコが違うんだよ。慶次、このケーキな」
 政宗は呆れて溜息をつく。
「女みてえな事言ってんじゃねえよ」
「うっせえ!」
「はいはい、ご両人ともそこまで。ご注文ありがとうございます〜!」
 店内の女達がチラチラと二人の方を見ている。政宗は勿論、元親だって十分他人を惹き付ける容姿をしているのだ。そんな二人が揃っているのだから余計に目立つ。
「なんかよ、やたらカップルが多くねえか?」
 ぼそりと元親が呟く。周りを見ると女性客も多いが半数くらいはカップルだ。
「もうすぐクリスマスだろうが。世の習いとして当然カップル率は多くなるな」
 そうだったと元親は迂闊な自分を反省する。
「そっか、すっかり忘れてたぜ」
「おいおい、俺たちもカップルだって事は忘れて貰っちゃ困るぜ?今年のクリスマスは予定を空けとけよ、honey」
 政宗が顔を近付けて小声で囁く。ドキンと鼓動が鳴って頬が染まるのが分かった。
 ヤバイと思ってケーキに集中する。すると政宗は小さく笑って元親に手を伸ばした。
「何やってんだアンタ、唇に生クリーム付いてるぜ」
 指ですくい上げるとそのままぺロリと舐めてしまった。
「ばっ…!てめ、ここをどこだと…っ」
 周りから黄色い悲鳴が沸いたのは言うまでもない。だが政宗は少しも気にせず「やっぱ甘めえな…」と貌を顰めただけだった。
 こんな調子で果たして自分の心臓は保つだろうかとほんの少し心配になる元親だった。



 ※去年の戦煌で配布した豆本。ちょこっと加筆しました。