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 2003/6/23 『王を殺した豚 王が愛した象』 ミシェル・パストゥロー 筑摩書房

世の中にはずいぶん暇な人がいるものだと見えて、関心のない者から見れば、どうでもいいようなことに夢中になる人がいるものだ。世に動物好きという人がいる。時には趣味が高じて、珍奇な動物を蒐集しては、手許に集めて可愛がる人もいる。ところが、中には、実際に生きている動物ではなく、神話や伝説、書物や口碑にのみ名を残すそんな動物を愛する人がいる。文献を渉猟し、異説を博捜し、名のみ伝えられる動物の姿をなんとか後世に伝えようとする。たとえば、あの有名なプリニウスがそうだ。『博物誌』がなければ、この世界はなんと味気ないところになってしまっていただろうか。

ミシェル・パストゥローもそうした奇特な人物の一人である。『王を殺した豚 王が愛した象』も、古今東西(と言いたいが、学者らしい生真面目さから孫引きを拒否し、実際に資料にあたれる物に限ったので、主に西洋に限られる)の聖書、ギリシア・ローマ神話、ヨーロッパ中世・近世史に登場する動物40種について、事実、信仰、伝承を提示し、その文脈、係争点、問題点に対する歴史的注釈を施す。こう書くと、なんだか鹿爪らしく聞こえるが、『タンタン』シリーズに登場するスノーウィ(フランスではミルー)やネス湖の怪獣にまで、言及しているところから見ても、一般読者を想定して書かれていることは理解してもらえるだろう。

西洋に紋章学という学問があることを知ったのは小栗虫太郎の『黒死館殺人事件』だったが、著者は、その紋章学の泰斗である。前半に事実や伝承を、後半に注釈を述べるという二部構成の書き方がいかにも紋章学研究者めいているではないか。さて、著者は熊と豚を偏愛し、いささか他の動物とのバランスを欠いてまでスペースを割いているのだが、ここでは、「デューラーの犀」という一章に注目してみたい。というのも、この犀の図は、かなり不思議な図で、これまでも他の書物で取り上げられてきているからである。

澁澤龍彦が、大のプリニウス好きであったことは、本人が何度も自著に記しているので、今さら披瀝するまでもないが、その澁澤にも、西洋の伝承に取り上げられる奇妙な動物について触れたエッセイが数多く遺されている。それらの動物たちに関するエッセイを集めて編まれた『幻想博物誌』は、ボルヘスの『幻獣辞典』と共に我が陋屋の書棚の片隅で埃を被っているのだが、一丁事ある時には、深い眠りから覚め、啓蒙の光を投げかけてくれるのである。

デューラーの犀の図で奇妙なのは、主に二点。一つは一角犀であるはずのインド犀であるのに、背中のあたりに二本目の角が描かれていること、もう一つは、その皮膚のほとんどを覆う奇妙な斑点模様である。パストゥローは、模様については触れていないが、二本目の角については次のように書いている。「デューラーが描いた背中の角はどこから来たのだろうか。解釈の間違いからか。アフリカの犀を描く、我々の知らないそれ以前の図像から来ているのか。肩にとがった隆起があるいくつかの鎧の影響だろうか。謎のままである。」と。

ところが、澁澤によれば16世紀のフランスの外科医アンブロワズ・パレが、その著『ミイラおよび一角獣の説』の中で次のように述べているそうだ。「パウサニアスの語るところによると、犀には角が二本あるのであって、決して一本ではない。すなわち、その一本は鼻の上にあり、かなり大きく(略)堅くて重い。もう一本は肩の上に生える角で、小さいけれども非常に鋭い。これによっても明らかな通り、犀と一角獣は別物である。」画家が、おのれのリアリズムよりも古来の伝説に色目を使ったのだろうというのが澁澤の解釈である。

それでは、模様の方はといえば、インドからヨーロッパまでの長い航海の最中、狭い船倉に閉じこめられていたためにできた角状の腫れ物が原因らしい。はじめて犀という動物を見たリスボンの無名画家は犀には必ずこのような物ができているのだと考えてこの度は忠実に写したのだろう。デューラーの名誉のために申し添えておけば、彼は実物の犀を見ていない。この無名画家のスケッチを版画に起こしたのが有名なアルブレヒト・デューラーであったためにこのような間違いが次から次へと伝播してしまったのだ。因みに澁澤が見た別の一枚は、江戸の絵師谷文晁の描いたものであった。

『幻獣辞典』に「イングランドのレパード、つまり獅子と、スコットランドの一角獣がグレイト・ブリテンの紋章となった」とあるのだが、レパードは豹だろう。それが、なぜ獅子なのかという疑問がずっと解決されぬままだった。その積年の謎を解いてくれた「イングランドの豹」の一章は痛快で、まさに紋章学研究者の面目躍如たるものがある。訳を知りたい向きは是非本書を繙かれたい。

 2003/6/22 『帝国以後』 エマニュエル・トッド 石崎晴己訳 藤原書店

対イラク戦争に際して、国連安保理におけるドイツ、フランス、そしてロシアがアメリカの参戦論に対して揃って反対票を投じたことは記憶に新しい。そして、残念なことに、わが国はいつものようにあわてて賛成の態度表明をしたことも。あらためてその存在感を示したシラク仏大統領だったが、彼の強硬とも言える姿勢を支えていたのが、エマニュエル・トッドの『帝国以後』における世界情勢の分析であったことをはじめて知った。

9.11のテロ事件以来、顕著になったアメリカの極度に単独主義的な対外軍事行動に対して多くの論者が批判を繰り返してきた。ノーム・チョムスキーに代表される反アメリカ的な論者に限らず、それらに共通する理解の基盤には「帝国」化する軍事的経済的超大国アメリカの姿がある。しかるに、トッドは言う。「世界を支配する力がないために、アメリカは世界が自律的に存在することを否定し、世界中の諸社会が多様であることを否定するのである」と。かつてこんなことを言った者がいただろうか。

帝国には二つの特徴がある。一つは軍事的な強制力、今ひとつは、普遍主義的平等主義である。ローマには二つともにあった。アメリカにはこの二つが欠落している。海空の圧倒的な軍事力に比べヴェトナム戦争を通じて明らかになったように陸地における米軍の戦闘能力は疑問視されている。タリバン制圧にはロシア軍の助力を仰がねばならなかったほどだ。また、普遍的平等主義については、テロ事件以来ますます雲行きが怪しくなってきているのは言うまでもない。

そうなのだ。逆説的に聞こえるが、アメリカは、強いから軍事行動に走るのではない。内外に不安要素を抱える国であるがために「小規模軍事行動」をちらつかせ、世界にとって自分が必要であることを誇示せねばならないほど「力のない国」なのである。その証拠にアメリカが相手にするのは、軍事的にも経済的にもたいして影響力を持たないイラクのような小国だけである。

9.11以来「イスラムの脅威」めいた言説が喧伝されるようになったことが、アメリカの「ならず者国家」制圧の論拠になっているが、それに対しても、トッドはイングランド革命やフランス革命の大虐殺を引きながら「メディアが倦まず弛まず描き出して見せる危機や虐殺は大抵の場合、単なる退行的現象ではなく、近代化の過程に関連する過渡的な変調なのである」と、論じている。

イスラム諸国やその他の紛争地域における不安定要素が退行現象ではなく近代化への過程であることを立証するために、トッドは二つのパラメーターを提示してみせる。それは識字率の上昇と受胎調節の普及を示す数値である。それによると、アフリカ諸国を除く多くのイスラム諸国の間で、かつては低かった識字率の飛躍的な上昇が見られ、それと連動するようにして出生率の低下が見られるという。識字率の全般的な上昇は女性の意識が高まり、受胎が調節されるようになったことを意味している。近視眼的な見方をやめ、冷静な目で世界を見ると、遅れはしたもののイスラム世界もまた近代化されつつあるのだ。

トッドによれば、アメリカの弱さを示すものは貿易収支の赤字である。現在のアメリカはかつてのような工業生産国ではなく消費者として世界の需要を支えている。アメリカ経済を支えているのは資本の流入だが、統一ヨーロッパによるユーロの出現はこれまでのようにアメリカへの資本の集中をゆるさなくなってきている。皮肉なことだが、「世界が民主主義を発見し、政治的にはアメリカなしでやっていくすべを学びつつある時、アメリカの方はその民主主義的性格を失おうとしており、己が経済的に世界なしでやって行けないことを発見しつつある」のだ。

トッドは、アメリカがかつてのような寛大な民主主義国家に戻ることはあり得ないにしても、「帝国」ではなく、一国民国家として多様な民主主義国家の一員となることを求めている。アメリカにその立場を受け入れさせることができるのは独仏を中心とする統一ヨーロッパ、それに近接するロシア、日本であるというのが、トッドの見解である。日本の潜在的な軍事力を計算に入れ、安保常任理事国入りまで提案している。

唯一の被爆経験を持つ平和主義国家としての日本の位置は、客観的に見れば、そういう立場にあるのかも知れないが、当の日本は相も変わらず対米追従路線に終始し、イラクに自衛隊を送るための法案を検討しているのが現状だ。最近の日本人は本を読まなくなったと言われるが、首相はもうこの本を読んだだろうか。もし、まだなら、ぜひ一読をおすすめしたい。そして、世界における自国の現実的な位置というものを発見し、アメリカにだけ目を向けるのでなく広く世界を見て、外交努力をしてほしいものだなどと、柄にもなく思ってしまったのである。

 2003/6/8 『パタゴニア』 ブルース・チャトウィン  めるくまーる社

「事実は小説よりも奇なり」というが、実際のところ、事実の奇なること、小説なんかの比ではない。そういう意味では、世界は奇譚の宝庫である。知られざる世界を旅して歩き、人に会い、見たことや聞いた話を物語る紀行文というスタイルは、人間世界のできごとに精通している者にとって、その蘊蓄を披瀝するには、うってつけの方法といえるだろう。

とはいえ、何を面白いと感じるかは人によってちがう。同じ場所に行き、同じ物を見ても見る側に見る力が備わっていなければ、世界は、何も物語ってはくれない。パタゴニアのような地の果てを旅したところで、ただただ続く、茫漠たる風景や、波形鉄板に覆われた家の中で、過酷な自然と対峙し、単調な生活に倦んでいる人々について書いただけでは、単なる紀行文でしかない。現に本作においても、筆者の出会う現実の人々は、筆者の物語る歴史上の人物に比べれば著しく生彩を欠いている。否、むしろわざとそう描かれているかのようなのだ。

『パタゴニア』を紀行文と読んでもいいものだろうか。たしかに、チャトウィンは、リオネグロに始まりプンタアレナスに終わる南米の大地パタゴニアを南下する。しかし、その旅は文章のなかで逸脱を繰り返す。まるで歌枕を訪ねて歩く旅の途次、土地の精霊に捕らわれたかのように、ある時は、若きアナーキストに寄り添い、その人生の終わりを見届け、またある時は商船の船長となって、マゼラン海峡を漂流する。

たとえば、チリ国境に近いアルゼンチンのチョリアという町では、ワイルドバンチ強盗団のブッチ・キャシディこと、ロバート・リーロイ・パーカーについて彼は語り始める。映画では、ボリビアで死んだことになっている二人のならず者が、ここパタゴニアで、別の名を名乗り、あの美しい教師上がりの情婦エッタ・プレイスと共に生きのびていたという後日談を(映画『明日に向って撃て』で、B・J・トーマスの歌う「雨にぬれても」をバックにポール・ニューマンがキャサリン・ロスを乗せて自転車で走るところを思い出した。チャトウィンもまた見ていたのだろうか)。

或いはまた、マゼラン海峡では北西航路探検で知られるジョン・デーヴィスの二万羽に及ぶペンギン殺しと、そのおぞましい経緯を。しかし、話はそれで終わらない。この経験を綴った『ジョン・デービスの南洋航海』が、コールリッジの『老水夫行』にインスピレーションを与えたことや、『マゼラン航海記』に描かれた巨人の捕縛がシェイクスピア『テンペスト』に登場する半獣人キャリバンに投影されていることなど、チャトウィンの博覧強記ぶりはとどまるところを知らない。

ポオの『アーサーゴードン・ピムの冒険』や、コナン・ドイルの『失われた世界』のタネがパタゴニアにあったことを、この本によってよって初めて知った。ことは、文学だけにとどまらない。本文中にも登場する、著者の祖母のいとこチャーリー・ミルワード船長から祖母に送られたミロドン(巨大なナマケモノ)の皮に始まる考古学上の発見やインディオの言葉ヤーガン語の辞書と話は尽きない。まことに、パタゴニアはよき語り部を得た。

博引旁証を得意とし、奇譚を好み、ガウチョやインディオの演じる血腥い話を顔色を変えずに語りきる筆力はボルヘスを思わせるが、チャトウィンの『パタゴニア』が他の凡百の紀行文と趣を異にするのは、単に知識の博覧強記ぶりにあるのではない。奇譚と思われる話にうかうか聞き入っていると、いつの間にか素顔のチャトウィンがぬっと現れ、奇譚の中に生身の筆者が分け入ることで現実の奇なることがあらためて真実性を帯びるという極めて巧妙な仕掛けを持つことにある。しかも、一つの話はそれだけで終わらず、隠れ河のように、ひとまずは表面上から消えながら、ずっと先で別の話に繋がる「輪舞」的構造を持ち、物語は円環的構造の裡に閉じられるのである。

これが処女作というのが信じられない円熟した作風に、夭折者だけが持つことのできる運命的な輝きのようなものが見える。遺された数少ない作品はいまだに愛読者を増やし続けている。以て瞑すべしと言うほかはない。

 2003/5/27 『』 ヴァージニア・ウルフ 川本静子訳 みすず書房

「わたしたちは、一瞬のあいだ、自分たちはなれなかったが、しかし忘れ難い完全なる人間の肉体が、私たちの間におかれているのを見た。わたしたちがなれたかも知れなかった一切を見た。捉えられなかった一切を。それで、一瞬、他の人がそれを取ろうとするのを拒もうとしたのだ。ケーキが。一つの、たった一つのケーキが切られるとき、自分たちの分けまえが減っていくのを見ている子どもたちのように。」

幼少時に同じ時間を共有した男女各三人の人物がいる。六人は、それぞれの道を進むが、時に集まっては互いの目に映る自分を確認し合う。しかし、それはしばしば相手の人生に対する辛辣な批評を伴う。なぜなら、微妙に絡み合いながら、互いが互いの補完物であるように六人の人物は設定されているからだ。

仲間のうちで最も優秀な成績を誇りながら、オーストラリア訛りとブリスベインの銀行家の息子という出自を背負い、独り居を好み、優越感と劣等感に引き裂かれるルイスは、気の利いた句を聞かせては仲間の賞賛を勝ち取ることで自己確認をしていなければ自分を感じられないバーナードと。そして、「ぶら下がった電線か、毀れたベルの引き綱みたいな」バーナードはまた、たった一人だけを愛することを選択し、それ以外の他者を愛することができない「鋏ですぱっと切るような厳密な」ネヴィルと対照されてもいる。

田舎の自然の中に囲まれ、家庭を作り、子どもを育てることに固執し、何かを愛したらそのすべてを完全に自分のものにしなければ気がすまないスーザンは、都会に生き、人と人の間を蝶のように飛び交い、次から次へと相手を替えては男性遍歴を繰り返すジニイと。そして、「熱い炎のように踊る」ジニイはまた、他の五人のようにはっきりとした顔を持たず、いつも彼らを怖れ、こっそりと物陰に隠れながら砂漠に立つ柱を夢見、この世界以外に行くことを希求する「水の妖精ロウダ」の対照としてある。

読者は、六人の中に自分の似姿を何度か見るにちがいない。自分というのは何か。たとえば、火事で全身を焼かれ、包帯でぐるぐる巻きにされても、残る自意識は、それを自分と認識するだろう。たとえ、その現実に如何に違和を覚えようとも我々は、自意識というものからは逃れられない。ウルフが描きたかったのは、その最後に残る自意識に引きずられる「人間」の人生であった。

健康な人間は自分の体のことなど意識しない。そういう意味で言えば、始終自分について考えてばかりいる人間というのは、どこか病んでいるのかもしれない。この小説に登場する人物の中で健康といえるのは、他から語られるばかりで自らは一言も発しないパーシヴァルただ一人である。あとの六人は、いずれも自意識過剰という病に罹っているとしか思えない。

パーシヴァル(パルジファル)という名は聖杯伝説やワーグナーの楽劇で知られる騎士の名だが「清らかな愚者」という意味を持つ。完璧な存在であるパーシヴァルを崇拝しながらも、自意識故に自らの足りない部分に苛まれながら人生を歩み続ける六人は、一瞬ではあるが、六人の自我が融け合い完璧な存在と化す瞬間を所有する。それは至福に満ちたひと時だが、長くは続かない。

インドという異郷で若くして落馬事故で死ぬという伝説的な死を賜るパーシヴァルを除いて、彼らは長い人生を生きねばならないからだ。死による断絶はその完璧な至福に満ちた時を特権化するが、生きるということは、かつて所有した完璧な時間を憧憬しながら、衰えていく日々に耐え続けることである。これは『ダロウェイ夫人』にも見ることができるウルフ生涯の主題である。

小説は六人の人生の段階を示す九つの部分に別れている。各部の冒頭には夜明けから日没までの海辺の情景を表した散文詩が置かれている。寄せては返し、時に融け合い、時に砕け散る波の叙景は六人の人生を象徴する。冒頭部分にとどまらず、人物の独白は高揚するにつけ、ほとんど散文を逸脱し、詩に近づくように思える。ブルームズベリーグループの仲間で、ウルフのよき理解者でもあったフォースターがいみじくも評しているが、本質的には詩人であったウルフの最もウルフらしさに溢れた作品であるといえるだろう。

 2003/5/18 『歌舞伎ナビ』 渡辺保                  マガジンハウス

気合いの入った一冊である。今、この国で歌舞伎を語らせたら、この人の右に出る者はいない。その著者が、「この秘伝は私が五十年あまりもかかって一生懸命に覚えたもので、私にとっては大事なものですから、できることなら他人には教えたくない」とまでいう歌舞伎の見方の秘伝を伝授してくれると、開巻劈頭に宣言しているのだ。これを読まないという手はないではないか。

ではなぜ、それほど大事なものを、披瀝しようというのだろうか。歌舞伎に限らずものを見るには鑑賞眼が必要だというのは誰にでも分かる理屈である。古典劇である歌舞伎を見るにはコツがいる。著者が秘伝と呼ぶそのコツを伝えようと思った理由は二つある。「一つは歌舞伎の見方の秘伝は、基本的には一つしかないと思うようになったからであり、もう一つは、いま、歌舞伎の世界では、その本来の伝統が消えかかっているのではないかと思うから」である。

著者は歌舞伎には二つの見方があるという。一つは人間のドラマとして、今ひとつは、役者の芸を主に見るという見方である。人間のドラマとしての歌舞伎という点については解説を読めば、まあ誰にでも分かる。問題は、一人一人の役者によってそれが演じられるとき、演じ方のちがいによって、人間ドラマが深いものにも浅薄なものにもなるという点である。

歌舞伎は型の演劇である。一つの役柄には決まった髪、衣裳、型、性根というものがある。役者によって、それぞれの工夫のあるところだが、どう演じてもいいというものではない。そこには規範とも言うべき「たった一つのこと」がある、というのが著者が五十有余年もかかって到達した結論である。そのたった一つのことが今日、風前の灯だという。著者の執筆理由はこの危機感にある。

芝居というものは、人間の身体によって成立する芸術である。いわば、演じられる傍から過去となってしまう。過去の名優の芸といっても、写真や映画によって記録されているもの以外は、その芝居を直接見た人の記憶に頼るしかない。しかも、見るためには規範を知っている必要がある。襲名流行りで、一見隆盛を極めているような歌舞伎界だが、それは五代目、九代目は言うに及ばず六代目を直に見た人が、歌舞伎界から消えつつあることを意味してもいる。

芝居小屋仕立てで、一番目狂言の時代物に「寺子屋」「忠臣蔵」「妹背山」。中幕の歌舞伎十八番「助六」「勧進帳」を挟んで、二番目狂言の世話物に「髪結新三」「切られ与三」「弁天小僧」。そして最後、大喜利の所作事「鏡獅子」「娘道成寺」に至るまで、誰でも一度くらいは、見たことがあるという人気演目が並ぶ。著者は二つの視点を用いてそれらを縦横無尽に語り尽くす。

貴重な写真を惜しげもなく使って、懇切丁寧に解説される名優たちの競演はまさに豪華絢爛だが、そこは辛口で知られる著者のこと、返す刀で当世風の演出に注文をつけることも忘れない。「弁天小僧」や「切られ与三」の花道の引っ込みはTVで見ていると、そこばかり映すので、観客も喜ぶところだが、本舞台にいる役者を考え、あっさりやるものという指摘など、なるほど、そういうものかと目から鱗が落ちることも一度や二度のことではない。これから歌舞伎を見てみようかという人にも、愛好家にも必読の一冊と言いたい。

 2003/5/12 『アースシーの風』 ゲド戦記X ル=グウィン作     岩波書店

ゲド戦記は「剣と魔法」の物語である。とはいっても、巷に氾濫するファンタジー作品とは、多少毛色が異なっている。魔法使いが中心の物語では、華々しい戦闘が行われたり、ロマンスが語られることもない。冒険の舞台も海の果ての砂州だとか、地下の墓所といった、暗く彩りの乏しい世界が選ばれている。竜は登場するが、敵対者というよりはむしろ協力者として描かれ、使われる魔法も、帆に風をはらませたり、杖を光らせたりという実用的な物ばかりであまりぱっとしない。

それでは面白くないかというと、これが実に面白い。プロップの「民話の形態学」にある機能を忠実になぞるかのように物語は安定した構造を持つ。しかも、人物造形が的確で、主人公のゲドはいうに及ばず、Uで登場する巫女テナー、Vの王子レバンネン、Wの竜の子テハヌーと、ややもすると類型的になりそうな役柄を担わされていながら、実に強い個性を持たせることに成功している。

さらに、著名な文化人類学者を両親に持ち、自身もユング心理学の研究者である作者の文化に関する造詣の深さが物語の細部を支え、小さな挿話一つに至るまでゆるがせにできない重みを持つ。実際、登場人物の語る言葉の一言一言が重いのだ。既刊の五巻をあらためて通して読んでみて、二十数年に及ぶシリーズであるのに、それぞれの巻で触れられるちょっとした挿話が、後の或いは前のできごとにいかに深く関わっているかには驚きを禁じ得ない。

それでも、さすがに歳月の重みは無視できない。一貫した思想に貫かれているように見える『ゲド戦記』にも、作者の思想的な変化は透けて見える。フェミニズム批評を受けて、作家は初期三部作と後記の二作品におけるジェンダーの扱いを変化させた。W『帰還』には特にその傾向が強く、ともすれば物語世界を圧し勝ちであったが、十年の歳月は思想の成熟を促し、より魅力的な世界観を携えて多島海世界は読者の前に姿を現した。

男性中心、観念的、禁欲的であった三部作に比べ、『アースシーの風』は生きることの祝祭的な明るさに溢れている。テナー、テハヌー母娘はもちろん、第五部で新しく登場した、多感で自由奔放な竜の娘アイリアンや新しい世界に勇敢に踏み出してゆくカルガド帝国の王女セセラクという魅力的な女性が物語を動かしていると言っても過言ではない。それは充分に魅力的に思えた三部作の世界が沈鬱なものに見えるほどである。

物語の狂言回しを務めるのは、亡き妻を愛するあまり、夢で黄泉の国を訪れ、死者に取り憑かれてしまうハンノキである。彼はゲドやその他の魔法使いのように物の真の名に精通しているわけではない。壊れた物を修繕するまじない師であるというのがこの物語の主題を暗示している。魔法は人間に富や権力をもたらすが、それはどこかで世界の均衡を破ってしまう。また「自己」や「所有」への執着は死を恐れさせ「不死」への欲望を募らせる。

黄泉の国に引きずり込まれそうになるハンノキを守るのが「ヒッパリ」という名の灰色の子猫。体と体が触れ合う温かさこそが大事で「動物たちには命こそ見えていても死は見えていないんだから。犬だって猫だって、ロークの長に劣らぬ力を持ってるんじゃないか」とまで、ゲドは言う。個人的には共感するところだが、魔法が「人工」の極致であるなら、ゲドはなんと遠いところに来てしまったことか。魔法を忘れたゲドはまるで「老荘」的な無為自然に生きる東洋の隠者である。

あまりに寓意的な解釈はこの優れて豊穣な物語世界を貧しいものにする虞れがあるので慎みたいが、近代社会を支配してきた西洋中心の科学的進歩主義、言語中心主義、キリスト教的二元論等々を相対化し、言葉や宗教、文化的価値観のちがいを認めあうことこそが均衡を保持するという思想がここにはある。「死生観」という、根元的な問いを物語の中心に据え、ある面では非常に今日的なテーマを描きながら、『アースシーの風』は、多様な登場人物が力を合わせて障害を乗り越えるという、希望に満ちた結末を提示して終わる。現実の世界もこうありたいものだ。

 2003/5/5 『めぐりあう時間たち』 マイケル・カニンガム 高橋和久訳 集英社

三人の女がいる。それぞれ生きている時代も場所も異なる。一人は1923年のロンドン郊外に。もう一人は1949年、ロサンジェルス。最後の一人は20世紀も終わろうとするニューヨークに。六月のある晴れた朝、ニューヨークでは、クラリッサが今夜のパーティー用の花を買おうとして部屋を出るところだ。彼女のあだ名は「ミセス・ダロウェイ」。親友のリチャードが18歳の時命名した。

ロンドン郊外にあるホガース・ハウスでは、ヴァージニアが目ざめたばかり。彼女は新しい小説の書き出しを思いついたところだ。召使いに邪魔されることをおそれ、そっと書斎に入ると思いついたばかりの一行を書きつける。
「そうね、花はわたしが買ってきましょう、とミセス・ダロウェイは言った。」

ロサンジェルスでは、ローラ・ブラウンがベッドの上で読みかけていた本の表を下にして、後もう一頁を読もうか読まないでおくか思案していた。今日は夫のダンの誕生日、起きてケーキを焼かなければいけないのに、ローラはいつまでもベッドから離れられない。今読んでいるのは、ヴァージニア・ウルフ作『ダロウェイ夫人』。

いうまでもないことだが、『ダロウェイ夫人』とは、ヴァージニア・ウルフの代表作であり、今では話題に上ることもない「意識の流れ」の手法を用い、人物と人物が街角や部屋ですれ違うたびに視点が交代し、いつも誰かの視点から周囲で起きる出来事が語られる、当時としては実験的な作品である。『めぐりあう時間たち』は、「ダロウェイ夫人」と呼ばれる女と、『ダロウェイ夫人』を書く女、そして『ダロウェイ夫人』を読む三人の女の物語である。

これがポスト・モダン小説とでもいうのだろうか。カニンガムは、ウルフの『ダロウェイ夫人』を素材に、人物同士の関係やプロットを一度ばらばらに分解し、あらためて人物や情景に現代的意匠を施した上で再構成するという手の込んだ作業を行っている。しかも、作者であるヴァージニア・ウルフその人の伝記、評伝を参考にしながら『ダロウェイ夫人』執筆時の作家の心理や家族との葛藤までも織り込むという懲りようである。訳文で知るかぎりではあるが、原作と読み比べてみると、文体模倣はパロディやパスティーシュといったレベルを超えている。

原題は“THE HOURS”。バージニア・ウルフが最終稿を書き上げるまでの仮題としていた『時間』を自作の題にしている。そう、この小説の主題は時間である。人が生きている「今」という時間は、唯に現在であるばかりでなく、不断に侵入してくる過去によっても構成されている。我々は否応なしに過去の自分と向き合いながら毎日を生きているのだ。

ミセス・ダロウェイは52歳。美しさは変わらないが老いが見えはじめてもいる。友人たちから見れば何不自由のないヒロインだが、自分の人生を肯定しながらも別の生き方があったのではないかという思いが残る。そして、自分にとっての人生の最良の時はすでに過ぎ去っている。ミセス・ブラウンは夫と子どもを愛しながら、そこが本当の自分の居場所ではないような気がしてならない。神経を病むヴァージニアもまた、夫の愛は理解しながらも、ここではない世界に行きたいと執拗に願っている。

ジョン・エヴァレット・ミレイ描く『オフィーリア』の表紙が暗示するように、この物語には「身を投じる」という身振りが終始つきまとっている。「舞い上がる気分!大気に身を躍らせる気持ちよさ!」。それまで結ばれることもなかった三人の時間はリチャードの飛び降り自殺によって劇的な出会いを迎えることになる。小説の中ではミセス・ダロウェイは死なず、リチャード(原作ではセプティマス)が代理のような自殺を遂げるのだが、1941年、「レンブラントかベラスケスの描く肖像さながら」に美しかったヴァージニア・ウルフはウーズ河に身を投じて死ぬことになる。59歳のことであった。

 2003/5/3 「フランス象徴派展」                 滋賀県立近代美術館

少し前の話になる。二十世紀も終わろうかという頃になって、思い出したかのように「世紀末」という言葉が巷間をにぎわしたことがあった。特に何かこれといった動きがあったというわけではない。殺伐とした世紀が過去の劇的な世紀の終焉を憧憬したに過ぎない。語の真の意味で「世紀末」と言えるのは何といっても19世紀末に止めを刺すだろう。

前世紀の啓蒙主義を引き継いだ19世紀は理性や合理主義精神を尊重したが、理性や合理主義がすべての問題を解決してくれるわけもなく、世界は徒に物質的、世俗的な色彩を強めるばかりで、19世紀末、世界とのまったき合一を願う人々は内面にはびこる空虚さに苦しんでいた。死すべき肉体はこの世界に置いておくとしても、魂は彼岸に置きたいと考えた人々は物質万能の現実世界への倦怠や幻滅から、折しも巻き起こったエリファス・レヴィに代表される神秘思想の流行に魂の救済を鈎かけたのだった。

話を美術界に限れば、実証主義や合理主義精神はそれまでの歴史画や宗教画にかわって、ピクチャレスクな風景をモチーフとする絵画、英国ならターナーやコンスタブル、フランスならバルビゾン派の風景画の擡頭をもたらした。人々はかつてのように神や聖人、天使の図像にではなく、嶮しい山々の風景や深い森の風景に崇高さや神秘を、麦畑に働く農民の姿に自分たちの内面にも宿る質朴さや敬虔という精神的な価値を見ていたのである。

ところが、その後を襲った印象派は、刻々と遷ろう光の変化を画布に定着することに熱心で、せっかく自己の裡に芽生えた内面に注目することはなかった。写実派を標榜するクールベに至っては「見えるものしか描かない」とさえ宣言した。これに対して「見えないが、感じるものを描く」といったのがモローである。ここには外と内、物質と精神、客観と主観という相も変わらぬ二元論的対立がある。物質文明が行くところまで行くにつれ、それに対する反動が生じてくるのは当然の成り行きともいえる。ハイテク武器が話題の今世紀の戦争にさかんに神が引き合いに出されるのを見ても理性や合理精神だけでは人を動かすことができないことは証明済みである。

ボードレールやスヴェーデンボリの愛した「万物照応(コレスポンデンス)」によって「人間と自然を結びつける隠れたきずなを再び結び、目に見えるものは別の現実のしるしにすぎないことを明らかにし」、物質に対する精神の優位を主張する象徴主義は、まず文学に、少し遅れて美術界に登場してきた。象徴主義の波はヨーロッパ中を席巻したが、ラファエロ以前の絵画表現に範を求めた英国のラファエロ前派、世紀末的な官能と退廃に彩られたウィーンの分離派と、それぞれ微妙に主調音が異なる。

ユイスマンスの『さかしま』でも言及されているように、フランス象徴派を代表するのは、ギュスターブ・モローとオディロン・ルドンだが、文学的な主題を幻視者の視点で描き出した点で二人は共通する。本展覧会ではモローは『庭園のサロメ』と『サン・セバスチャンと天使』の二作品、ルドンは版画集『悪の華』から数葉の作品が展示されている。本展覧会の特徴と言えるのが、ジョゼファン・ペラダン主催の「薔薇十字展」に参加した画家たちの作品が多数出品されていることである。美術史的な評価はさておき、あまり触れる機会のないフランス象徴派の絵画に出会えるまたとない機会。英国やウィーンとはひと味ちがうフランス・ベルギーの世紀末の雰囲気を是非賞味されたい。
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